2010年04月12日

栞を挟み、本を閉じた後、行間を読む。


文字を書く側になって、感想が実に嬉しい。
こんなにも嬉しいのだから、ガンガン感想も含め書くべきだと思うのだが、中々掛けないもので、何故だろうと時々思っていたのだが。
そう、なんていうか。
感想を伝えるのは、ラブレターに近い感覚なんだと。
そんなことを思った。

どんなに相手を褒めたって、相手がそれを受け入れるかは別問題。
嬉しいことと、気持ちを受け入れるのは、まるで無関係だから。

感想が的外れだったらどうしようとか。
上手く感想が書けないとか。
そう言う不安面含めて、感想文がラブレターに近いと言うのは、なんだか凄く納得というか、しっくり来たのでぼやいておく。




面白い小説を読んでると、もう熱中して、続きが早く見たくてしょうがない。
と言うのもあるのだけれど。
かえって、途切れ途切れに休憩を挟むようにしないと読めない様な話を読んでいる方が面白い小説だったりする。
読んでいる最中に、考えることが多いのである。
読みながらその処理が仕切れないために、栞が挟まれ思考がされる。
その考える時間が実に楽しい。

ある意味、それは小説自体の面白さではないのだけれども、小説なんて適当に読んで適当に面白くてもいいし、じっくり読んで解釈を深めても良いし。
要するに好きに楽しめれば良いのだから。
こういう読み方もアリかなぁと思う。

ああ、言い忘れてたけど。
小説の内容と全く違う思考が働いても、その小説の面白みなのだ。




と、ある短篇を読みながら思ったことが上のふたつ。
短篇のくせに、もうなんど読むのを止めていることか!

さて、そろそろ続きを読もうかなぁ。

一応、元の小説とかけ離れた思考は書いてないので、ひょっとしたら何を読んでるか解る人には解るのかも知れない。
ま、答えは書きませんけれど、ね。
posted by 切羽詰真瑠 at 17:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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